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海底三百ミリメートル・実践編 [4]
濾過バクテリアの繁殖

 

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水槽がセットできたら、すぐにでも魚を入れたいと考えるだろうと思います。
ところが、前項でも述べたように、この段階ですぐに魚を入れると、
たいてい2〜3日で死んでしまいます。

なぜか。

セットしたばかりの水槽や濾過器の中には、
魚が出す排泄物や残餌が腐ったものが出す毒素(アンモニアや亜硝酸)を
毒性の低い物質(硝酸塩など)に変換してくれる「濾過バクテリア」がいないからです。

水槽をセットしたら、魚を入れる前に十分に時間を掛けて
「濾過バクテリア」を繁殖させることが、失敗しないポイントです。

今回は「なるべく失敗しない」をコンセプトにしていますので、
水槽をセットしてから実際に魚を入れるまで、1ヶ月程度の時間を掛け、
まずはじっくりとバクテリアを育てます。
ただし、ただ水槽を回していれば良いと言うことでは有りませんので、
その間の作業について説明します。

その間の作業は、大きく言って、

【1】「濾過バクテリア」への給餌
【2】水槽の観察
【3】水質のチェック

という、3種類になります。

 

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【 作業 1 】

◇ ◆ ◇ 「濾過バクテリア」への給餌 ◇ ◆ ◇

  • 水槽をセットしても、ただそのまま置いておいたのでは「濾過バクテリア」は殖えません。 「濾過バクテリア」に「餌」を与える必要があります。

  • この「餌」は極端な話、何でも構わないのですが、後で魚を入れるつもりですから、最初から、毎日、魚に与えるのと同じ程度の量の、魚の餌(市販の人工飼料でOK)を入れれば良いでしょう。
    現在はまだ、水槽の中には目立った生体はいないはずですが、すでに魚がいると思って、毎日朝晩の2回くらい、ひとつまみ程度の人工飼料を入れて下さい。この作業を毎日、1ヶ月程度、続けます。
    魚を飼う前にまず、水質を維持してくれる、「バクテリアを飼う」のです。

  • 毎日、少しずつ、水槽の中に餌を投入すれば、市販の「バクテリアの素」等は購入しなくても、水槽の中に必ず、バクテリアが繁殖していきます。このバクテリアは最初から、あなたの水槽の環境に適応したバクテリアですから、市販の「バクテリアの素」を使ったのとは異なって、あなたの水槽の中に定着し、これからもずっと、子孫を増やしてゆくバクテリアになります。
    市販の「バクテリアの素」を買って来ても、そのバクテリアはたいてい、水槽の中に定着できなくて、何ヶ月かの後には自然に増えてきたバクテリアに取って代わられてしまうものです。それよりは最初から自然なバクテリアが増えるのを待った方が、最終的にはより早く、濾過バクテリアのバランスが取れた水槽になります。

  • なお、毎日、人工の餌を与えるという方法以外にも、魚の切り身や殻を開いたアサリ等を水槽に入れ、2〜3日放置しておく、という方法もあります。その場合にはあまり長く放置しておくと、見苦しいですから、数日の後には水槽から取り出してしまいましょう。
    でもちょっと臭くなりそうですね(笑)。

 

【 作業 2 】

◇ ◆ ◇ 水槽の観察 ◇ ◆ ◇

  • 水槽に餌を入れ始めて何日かすると、水槽の中にいくつかの変化が現われてくるはずです。

  • 水槽の観察は特別な「作業」ではありませんが、水槽の中にあらわれる変化は、「濾過バクテリア」が繁殖してきている兆候ですので、やはり、チェックしておきましょう。

  • 以下にその代表的な変化を挙げておきます。

(1) 飼育水の白濁
 
  • 特に最初に魚や肉、貝の身など、生の餌を入れた場合に起きる可能性が多いでしょう。
    大量の「餌」が供給された為に各種の細菌(濾過バクテリアもその一つ)が急速に増殖し、細菌の塊(フロック)となって、水中を漂うためです。
    それ以外の場合には、餌を投入してから1〜2日後くらいから発生することが多いと思います。
  • ところが、まず最初に必要な「硝化細菌」という「濾過バクテリア」は、1〜2日ではフロックを作るほど増殖しないので、このフロックが出来たからと言って、濾過バクテリアが十分に増殖しているわけではありません。増えたのは濾過細菌以外の様々な、いわゆる「雑菌」と呼ばれるものです。残念ですね。
  • この「硝化細菌でない細菌」は「餌」がなくなるとやがて死滅して、その「細菌の死骸」も硝化細菌=濾過バクテリアの「餌」になります。
    そしてやがて水槽内に濾過バクテリアが繁殖してくると、これらの「雑菌」の繁殖も抑制されるようになりますので、水槽立ち上げ初期のフロックはなくなり、飼育水の濁りもなくなりますから、それまでは放置しておいても構いません。
  • ただ、余りにも白濁がひどくて、飼育水が臭いようなら、ある程度、水を換えたほうが良いでしょう。臭いですからね。これは「餌」が多すぎる状態と思われます。
  • また逆に、特に水槽の白濁が起きない場合もあります。その場合は「餌」の投入量と最近の繁殖スピードのバランスが取れているということでしょう。白濁しないからといって、濾過最近が繁殖しないわけではありませんので、これも気にする必要はありません。
   
(※) 注意
 
  • 飼育水の白濁がひどい場合など、特殊な場合を除いては、この期間(1ヶ月程度)、飼育水の「水換え」はしません。「水」はできるだけ、そのままにして下さい。
    途中で水換えをするとその分「バクテリアの餌」もバクテリアそのものも減りますので、バクテリアが殖えるのに余計な時間が掛かってしまいます。
  • ただし、水槽から蒸発した水分を補う「足し水」(下記参照)だけは行います。「足し水」はバクテリアの繁殖には、直接、関係ありませんから。
   
(2) 「茶ゴケ」の発生
 
  • 「餌」を入れ始めてから2〜3週間、あるいは一ヶ月くらい経つと、水槽のガラス面や底砂の上などに、赤茶色〜褐色のうすい「コケ」のようなものが着いてきます。これは「珪藻」という「藻類」で、水道水中の珪素(珪酸塩)と硝酸塩を栄養に繁殖します。
    ですから、水道水を使った人工海水で海水槽を立ち上げた時には必ず発生するものです。
  • 「茶ゴケ」は硝酸塩を栄養にしますので、水道水を使ったのに、いつまで経っても「茶ゴケ」が発生しない水槽というのは、飼育水中に硝酸塩がない=濾過バクテリアが働いていない水槽だと言うことになります。
    (ただし、ライトを点けていない、ライトが暗い、などの場合には、濾過バクテリアが働いていても、苔が生えて来ないこともあります。)
    逆に、「茶ゴケ」が出てきたと言うことは、「濾過バクテリア」が繁殖して、濾過の機能を果たし始めた証拠になりますので、喜ばしいことです。
  • 「茶ゴケ」は水道水中の珪酸塩を使い切ると出なくなりますので、放っておいてもやがて減って行きますが、ガラス面のコケなどは見苦しいので、こすりとって、水槽外へ捨ててしまえば良いでしょう。その分「苔」の体内に取りこまれた硝酸塩を減らすことにもなります。
    あと、この「茶ゴケ」は磯にいる小型の貝類の好物ですので、濾過が安定したら、そうした貝類を水槽に入れると、綺麗に食べてくれます。
  • なお、この時、「水槽に苔が生えて茶色くなった。飼育水が汚れたんじゃないか?」などと心配して、海水魚ショップに行ったりすると、店員は人の話もろくに聞かずに、
    「苔が出たのなら水が汚れているので換水して下さい。」などと言います。
    ところがこのタイミングで換水してしまうと、せっかく育ちかけた「濾過バクテリア」と「バクテリアの餌」を捨ててしまうことになりますので、バクテリアの繁殖に余計な時間がかかることになります。
    その上、たっぷりと珪酸塩を含んだ水道水を補給するのですから、換水すればするほど、「茶ゴケ」が増えます。
    「茶ゴケが出る→換水する→もっと苔が出る→ますます換水する」ということになって、濾過バクテリアが全く育たない環境になってしまいますから、魚を入れるとすぐ死にます。
    海水魚ショップだけが大儲けする仕掛けの出来あがりですので、注意して下さい。
  • なお、この「茶ゴケ」は、水道水を使う限り、決してなくなることはありません。 濾過バクテリアが完全に繁殖した後も、換水する=水道水を入れる度に発生するはずです。
    発生したら掃除して下さい。あるいは貝に食べさせる。
    それが嫌なら何万円もする高価な浄水機(R/O)を購入して、水道水中の珪酸塩を除去してから、人工海水を溶く以外にはありません。
    もちろん、飼育生体にとってもR/Oを使った方が良いに決まっていますので、経済状態に余裕のある方は是非、お使いいただきたいと思います。
   
(3) 飼育水の減少
 
  • 濾過バクテリアの繁殖とは直接の関係はありませんが、水槽をセットして1週間ほども経つと、水槽の水が減って来ている事に気づくと思います。これは水槽の中の水分が蒸発しているためです。
  • 蒸発するのは純粋な水の成分だけですので、人工海水の塩分などの成分はそのまま、水槽に残ります。飼育水中の塩分濃度が徐々に高まることになりますので、その場合には水槽に真水を足して、塩分濃度を元に戻します。最初にチェックした水位の線の部分まで、真水を注ぎ込めば良いでしょう。
  • この「足し水」の頻度は、毎日調整するのが理想ですが、一週間に一回くらいでも構わないでしょう。水の蒸発する具合によって、変えて下さい。
  • この「足し水」に水道水を使用する場合には、水道水中のカルキ抜きをする必要があります。
    その際には市販の「塩素中和剤」などは使わずに、汲み置きしたり沸騰させたりして、自然にカルキの成分が抜けた水を使った方が良いでしょう。「塩素中和剤」の安全性は非常に高いらしいですが、それでも毎日(とか毎週とか)、水槽の中に入れていたら、良いことではありません。
  • あと、本当は「足し水」の際にも温度合わせをして注水するのが理想ですが、所詮少量ですから、そんなに気を使う必要もないと思います。ただし、温度の違う水が飼育成体に直接掛からないように、それだけは気を付けて下さい。一度にどっと入れずに、少しずつ注ぎ入れるのが良いと思います。

 

【 作業 3 】

◇ ◆ ◇ 水質のチェック ◇ ◆ ◇

  • ここで気の長い人は、水槽にバクテリアの餌を上げて、そのまま2ヶ月くらい待ってください。2ヶ月も経てば、大抵の水槽では十分に「濾過バクテリア」が繁殖しているはずです。
    でも2ヶ月、何もしないで見ているのは辛いですね。ですから時々、水質チェックをしましょう。
    濾過バクテリアが順調に育てば、2ヶ月も待たなくても1ヶ月くらいで、濾過バクテリアが順調に繁殖して、魚を飼う環境が整うかもしれません。そうなっているかどうかを確認するためにも、水質チェックが必要です。

  • 水質チェックは2〜3日おきに1度くらい、亜硝酸テストだけでも十分だと思います。「餌」を入れ始めて2〜3日、または1週間程度後から「亜硝酸」の反応が出始め、2〜3週間目くらいまではどんどん、試薬が「真っ赤」になっていくでしょう。しかし3〜4週間、または1ヶ月くらい過ぎると、亜硝酸値が急速に下がり、やがて検出できなくなります。そうなればもう、水槽は魚を入れる準備が出来たということになります。

  • 亜硝酸値が下がるのと入れ替わりに、水槽の中では硝酸塩の濃度が増えていっているはずです。硝酸塩試薬も買ったなら、その変化もついでに見ておくと、面白いかもしれません。
    途中で急に「餌」の量を増やしたりすると、亜硝酸も硝酸塩も、両方上がることもあるかもしれませんが、それは「亜硝酸→硝酸塩」へ変化させるバクテリアの作業が、間に合わなくなっていると考えられます。

  • もし1ヶ月経っても「真っ赤」のままだったら…。
    もう少し待って下さい。おそらく「餌」の量が多すぎて、「濾過バクテリア」の方での処理が間に合わないだけです。
    しかし焦る必要はありません。「濾過バクテリア」は必ず増えて来ています。場合によっては少し「餌」を減らして、じっと我慢してください。ただ「待つ」ことが最良&最短の手段です。

 

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以上、3種類の作業をしながら、
(ちょっと見たところでは)空っぽの水槽を眺めながら、
1ヶ月、我慢してください。
海水魚飼育で成功と失敗の分かれ道は、
この1ヶ月の我慢が出来るかどうかです。

でも巷の海水魚ショップでは決して、
「1ヶ月我慢しろ。」等とは教えてくれません。
水槽をセットした翌日くらいには
「スターターフィッシュ」と称して、
スズメダイなどの魚を入れることを薦められるでしょう。
だってそれが彼らの商売なんですから。

確かに「スターターフィッシュ」を使って立ち上げる方法もあります。
しかし水槽セットから1ヶ月の間は、丈夫なスズメダイにとっても、
決して生活しやすい環境ではありません。
かろうじて死ぬことはなくても、
海水魚の白点病などを発症する可能性は高くなるでしょう。
するとそのことによって、
せっかくの新しい水槽の中に白点病の原因となる白点虫が繁殖してしまいますから、
次に他の魚を入れたときに、
新しい魚が病気になってしまう可能性も高まります。

「白点病と縁の切れない水槽」にしたくなかったら、
とにかく我慢する事です。
そしてショップの言う事を聞かない事(笑)。
それが大切です。

そして長い1ヶ月が過ぎて、
水質チェックをしても亜硝酸が検出されないようになったら、
いよいよ水槽に生体を導入します。

 

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