* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

海底三百ミリメートル・知識編 [10]
海水魚飼育を成功に導く
発想の転換

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

海水魚に関して、「中々上手に飼えない」という話を良く聞くのですが、
海水魚飼育を成功に導くためには、
いくつかの発想の転換をした方が良いのじゃないか、
と思う事があります。
以下、これまでに気付いた3つの「発想の転換」を
ご紹介したいと思います。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

1.「魚を飼う」のではなく、「バクテリアを飼う」
  まず一つ目は濾過に関する考え方です。
実は私が考えた事ではなくて、ベテランの海水タンクキーパーなら、誰もが知っている(と思う)言葉なのですが…(^_^;;。

我々はつい、自分が飼いたいと思う魚(クマノミとかヤッコとかチョウチョウとか)のことばかりを考えがちなのですが、魚を飼うためにはまず、水槽の中を魚が住める環境にしなくてはなりません。そのためには、魚を飼うより前にまず、バクテリア(濾過バクテリア・濾過細菌)を増やして、そのバクテリアを上手にキープしなくてはならないのです。バクテリアを上手に飼う事が出来れば、魚も状態良く飼う事が出来る様になるし、バクテリアを上手に飼う事ができなければ、決して魚を長期飼育する事は出来ません。

我々はつい、目に付く魚のことばかり話題にしてしまうのですが、実は海水槽のキープのためには、目に見える魚よりも目に見えないバクテリアをキープすることも方が、よっぽど大切なんだよ、という、ベテランタンクキーパーの、実感を伴った智恵だと思います。
   
2.白点病は「魚の病気」ではなくて、「水槽の病気」
  2つ目は病気に関する考え方です。
良く「飼っている魚が白点病になった。」と言います。でも私は「白点病」は「魚が罹る病気」ではなくて、むしろ「水槽が罹る病気」なんだ、と考えた方が良いのではないか、と思うのです。だって、魚の身体についた「白点」の数なんて、水槽の中にいる白点病の病原体(クリプトカリオン・イリタンスと言う原虫・繊毛虫 )の数の、ほんの一部なんですから。

もし白点病に罹っている魚を水槽から取り出して、別の水槽に入れたとしても、元々の水槽の中にはまだまだ、水槽のガラス面にも、フィルターの濾材の中にも、底砂の中にも、白点病の病原体の幼生(遊泳子)や卵(シスト)がウヨウヨしています。その数は何万、何十万。だからそこに新しい魚を入れれば、その魚もまた白点病になるのは当たり前のことなのです。
時々、「買って来た魚が次々と白点病になってしまう。」などと嘆いている人がいますが、白点病の病原体は魚自体についているよりももっと沢山、水槽の中に住んでいるのだということを知れば、そりゃ、当たり前の事だと思うでしょう。煮立った鍋の中に生きた魚を次々に放りこんで、「なんで魚が茹で上がってしまうんだ?」と嘆いているようなものだと、私は思います。

原因は魚にあるのではない。鍋にあります。まず火を止めて鍋の湯を冷まさない限り、全ての魚は茹で上がります。それと同じことで、まず白点病の病原体が繁殖している水槽の状態を改善しない限り、新しく入れた魚は白点病に罹るのです。元からその水槽にいる魚は抵抗力があるので、白点原虫に寄生されても、ひどい症状は出ないかもしれません。でもそれらの魚も“保菌者”であることは間違いありません。ただ目立った症状が出ていないだけなのです。

こんな風に考えると、「白点が消えた=白点病が治った」ではないことも良く分かります。魚の身体についている白点が問題なのではなくて、問題になるのは目に見えない白点病の病原体。それは魚の身体には着いていなくて、むしろ水槽の壁や底砂や濾材の中にいる。だから白点病は「魚の病気」ではなく、「水槽の病気」です。
こんなことはどこの飼育書にも書かれていないんですけど、私には極めて論理的な話だと思えます。
追記(2006/01)
  白点病について、弊サイト内に白点病に関する情報をまとめたページを作りました。白点病でお悩みの方は是非ご覧下さい。→ こちら
また、弊サイトBBS「ひま人の掲示」には、ベテラン飼育者であるdelphinusさんによる「白点病伝説シリーズ」の投稿があります。BBS過去ログページ「過去ログよこんにちは」内の「過去ログスペシャル」でご覧いただけますので、こちらも参考にして下さい。
   
3.水槽に入れるのは「魚の身体」ではなくて、「魚の生活」
  3つ目は、水槽の大きさの話。
我々はつい、「水槽の大きさが〇〇cmだから、〇〇cmの魚なら入れられるだろう。」とか、「飼えるだろう。」と考えがちです。しかし我々が水槽の中に入れるのは、その魚の「身体」だけではありません。その魚が快適に生活して行くのに最低限必要な「生活圏」を、水槽の中にすっぽりと収めなければならないのです。

どういうことでしょうか。
つまり、「体長5cmのフレームエンゼルを30cm水槽で飼うのは無理。だけど体長15cmのイザリウオなら飼える(いや、ちょっと無理かな?…(^_^;;)。」ということです。何故ならフレームエンゼルは身体は小さくても広い範囲を遊泳する種類ですし、一方、イザリウオは身体がでかくても泳がない。餌さえあれば一ヶ所にじっとしている事が苦にならない魚だからです。

フレームエンゼルの「身体」は小さいけれど、「生活圏」は大きい(広い)。だから大きな水槽が必要。イザリウオの「身体」はでかいくせに、「生活圏」は小さい(狭い)。だから小さな水槽でOK。言われてみれば当たり前の事なのに、初めて海水魚を飼おうとする人は、たいてい、そこまで気が回りませんよね?しかも子供の頃から金魚のような、狭い生活圏で生活できる魚の飼育に慣らされているものですから、ついついその感覚で生体の大きさと水槽の大きさのバランスを考えてしまいます。そしてその先には失敗があるばかり…。

こういう失敗をしないためには、まず欲しい魚を見つけたら、その魚、そのものを水槽に入れる事を考えるのではなくて、その魚の「生活をまるごと、水槽の中に入れるのだ。」と考える習慣をつけるこだと思います。そうすると、まずショップの店員に聞く言葉は、「この魚はいくらですか?」ではなくなります。「この魚の餌は何ですか?」「どれくらい泳ぎますか?」「どれくらいの水槽サイズなら飼えますか?」「性格はどうですか?」「混泳は難しいですか?」というようなことを聞かなければならないでしょう。そしてそれらの質問に店員がろくに答えられないようなら、そのお店で買うのは止めれば良い。そんなお店は信用できませんし、信用出来ない店は、早く潰れてもらった方が世のため、人のため、魚のためになります。

もちろん、どんな広い水槽を用意しても、自然の海と比べれば小さなものです。本当の意味での魚の生活をまるごと、水槽の中に収める事など出来ないかもしれません。でも我々は最低レベル、その魚が健康に生活できるだけのスペースを与えてあげなければならないと思うのです。

時々、「体長〇〇cmで体重が〇〇gの魚なら、一匹あたりの水量は〇〇L、濾過槽は〇〇L…」というようなことを記載している飼育書を見かけます。そうした記載は、短期間、せいぜい数ヶ月程度までの飼育には有効だと思うのですが、年単位の長期飼育の場合には、それだけでは魚は飼えない。魚の生活を維持できる水槽スペースが必要だ。と私は考えます。
   
4.「混泳出来ない魚がいる」のではなく、「混泳出来る魚もいる」
  4つめは混泳(同居)の話です。

さて、あなたが新しい海水魚の水槽を立ち上げました。「どんなお魚とどんなお魚を水槽に入れようかなあ…。」あなたは考えることでしょう。
でもちょっと待って下さい。海水魚の場合は、ほとんどの魚種について単独飼育が基本で、ごく稀に他の個体(同種・異種を問わず)と混泳(同居)させることが出来る魚もいるのだ。というくらいに考えておくようにしましょう。

我々はよく、「○○を飼っているので××は一緒に飼えない。」と考えるのですが、混泳できる魚と出来ない魚の数を比べたら、混泳出来ない魚の方が圧倒的に多いのです。だとしたら、我々が気にしなければならないのは、「自分が飼っている魚と混泳出来ない魚は何か。」ではなくて、「自分が飼っている魚と混泳できる魚は何か。」ではありませんか?

私たちはつい、色々な種類の多くの魚が、ひとつの水槽の中で泳いでいるショップの水槽を見て、「あんな風に飼えるんだ。」と思いがちですが、それがそもそも、間違いのもと。そんな混泳で魚が飼えるのはせいぜい数週間程度で、ショップの水槽でそのまま飼育を続けたら、半年くらい後には、水槽の中で生き残っているのはたった1匹だけになってしまうでしょう。

海水魚は淡水魚のように、他の魚と一緒に生活可能なようには出来ていないのです(同種、異種を問わず)から、海水魚を飼う時には「一つの水槽に魚が1匹。」が基本だと考えておきましょう。それで、「魚の種類によっては、たまたま、同じ魚を2匹飼ったり、別の魚と一緒に飼ったりすることが出来る場合もある。」という程度に考えておくのが良いと思います。
最初からそう考えておけば、適正な余裕で飼育している水槽を見て、「魚が少なくて寂しい。」なんて考えずに済みますからね(笑)。

 

魚の暮らし(もちろん、エビやイソギンチャクやサンゴも同じですが)は、
我々、人間の暮らしとは全く異なったものです。
我々、人間世界の常識や発想をそのまま、魚の世界に持ちこんだら、
間違いなく失敗します。
まあ、失敗を全く「0」にすることなど不可能なわけですが、
同じ失敗を何度も繰り返さないためには、
知らず知らずのうちに身に染み付いている常識や“思い込み”にとらわれず、
柔軟な発想で考える必要があると思います。
ご紹介した“発想の転換”が、
そうした柔軟な考え方のきっかけになれば、
と思います。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

「海底三百ミリメートル」トップに戻る
「放蕩息子の半可通信」トップに戻る

◇ ご意見・ご質問・ご批判等は掲示板、またはこちらまで ◇