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海底三百ミリメートル・知識編 [12]
‘menagerie’

‘zoological garden’

〜 海水魚飼育の心得U 〜
(2007.10.20)

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‘menagerie’と‘zoological garden’という二つの言葉の違いを通じて、
私たちがキープするマリンタンクが目指すべき方向性について考えます。

 

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‘menagerie’と‘zoological garden’
  ‘menagerie’と‘zoological garden’。この2つの言葉をどれくらいの方がご存知でしょうか。どちらもあまり馴染みのない言葉かもしれません。しかし後者の‘zoological garden’は、略語でこのように言い換えると、ご存知の方が多いのではないかと思います。‘zoo’。
そう、‘zoological garden’は、「動物園」のことなんですね。

ではもう一方、‘menagerie’とは何のことでしょうか?実はこの言葉も「動物園」と訳されることがあります。例えば、テネシー・ウィリアムズの有名な戯曲‘The Glass Menagerie’は、日本では『ガラスの動物園』と訳されています。
ただし(もちろんですが)、‘zoological garden(もしくは‘zoo’)’と、‘menagerie’とでは、言葉の意味が異なります。ではどこがどう違うのでしょうか。説明するにはこちらのページを見ていただくと良いでしょうか(↓)。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=menagerie&kind=jn&mode=0&base=1&row=0

上記のページによれば、三省堂の「デイリー新語辞典」には、「メナジェリー(menagerie)」の意味として、
>(サーカスなどの)見世物として集めた動物。(見世物としての)動物園。
と書かれているようです。

我々、日本人がどちらも「動物園」と呼んでしまう‘zoological garden’と‘menagerie’。
上記の「デイリー新語辞典」には、「メナジェリー(menagerie)」の方が「新語」として収録されているようですが、実は「動物園」の歴史をひも解くと、本家のヨーロッパでは‘menagerie’の方が先にあり(1795年に「パリ植物園(le Jardin des Plantes de Paris)」の中に、王室などが所有する動物を集めた‘menagerie’が開設されています。)、‘zoological garden’の方が後から、1828年に開設されたロンドン動物園が(おそらくは先行する‘menagerie’との差別化を意識して?)、‘zoological garden’と名乗ったのが始まりだということが分かります。
では‘menagerie’と‘zoological garden’との差異とは何だったのでしょうか。実はこれも、‘zoological garden’という言葉の意味を正確に逐語訳していけば、1828年の開園時に、自分たちの「動物園」に‘zoological garden’という名をつけた人々の、高い“志”をうかがうことが出来ます。

‘zoological garden’を日本語で「動物園」と訳したのは福沢諭吉だと言われていますが、この「 zoological garden = 動物園 」という翻訳には、
>元来はZoological Gardenだから、動物学園と訳すべきものを、学の一字を脱したのは、最初の翻訳者の失態である
という批判があります。(↓)
http://hp.brs.nihon-u.ac.jp/~wildlife/newpage6.htm

「動物学園」と書いてしまうと、まるで「タヌキのポン太くん」とか「ウサギのミミちゃん」とかが登場する「動物の学校」のような印象を受けるかもしれませんが(←今時、そんなネーミングセンスでは子供にもウケないか…(^_^;;)、‘zoological garden’をより逐語訳的に訳せば「動物学の庭園」であり、「動物学・園」ということになります。つまり、本来の‘zoological garden’と言うネーミングには、「この施設は単に珍しい動物を集めて展示するだけの娯楽施設ではない。動物学の研究のための施設である。」という、強烈なプライドが籠められていたんですね。
(ちなみに‘zoological’を日本語に訳すと、「動物学(上)の」という意味になります。)
“福沢諭吉の大失態”の“その後”
  ところが、やはりこれは私も福沢諭吉の大失態だと思います。「動物学」から「学」を抜いてしまったために、我が国では、単に動物を集めて飼育&展示していれば、それが「動物園(zoo)」だ。ということになってしまいました。

‘menagerie’の方は、ヨーロッパでは、その後は主に、サーカスの巡業などに付属して世界の珍奇な生き物を展示して代金を集める、いわゆる「見世物小屋」を意味するようになりましたので、研究・教育施設としての「動物園(zoo)」とは明らかに異なるものとして認識されるようになったのですが(ですから逆に、「動物園(zoo)」も、「見世物小屋としての動物園(menagerie)」とは明らかに異なるものとして、研究や教育の分野で歴史を積み重ねて来たのですが)、我が国ではその両者の違いは意識されず、むしろ「動物園=娯楽施設≒見世物小屋」という認識が一般的になってしまいました。

動物園には「野生生物を捕獲して狭い檻の中に閉じ込めた残酷な施設」という批判があり、その批判も、今現在でもある程度までは正しいとは思うのですが、動物園が我が国においても本来の「動物学・園」として発展して来ていたとしたら、そのトーンも少しは変わっていたのではないでしょうか。もちろん、現在の我が国の動物園の多くは、日本動物園水族館協会が、「レクリエーション/教育・環境教育/種の保存/調査・研究」の4つを、「動物園・水族館の目的」と掲げているように、既にかつての‘menagerie’から‘zoological garden’へと変身を遂げている(か、少なくとも変身しようとしている)のですが、我が国の「動物園」が長い間、どちらかといえば確実に‘menagerie’に近い存在であって、「動物学・園」として発展してこなかったというのは実に残念なことです。また我々、一般の市民にとっても、それは大きな不幸だったと言えるでしょう。それはつまり、「動物を飼う」ということの価値が、「珍奇な生物の収集や鑑賞という娯楽」以上のものとして認識されて来なかったことに繋がるからです。
‘menagerie’と‘zoological garden’と、私たち
  で、さて。

‘menagerie’と‘zoological garden’という二つの言葉の違いと、我が国の動物園の歴史(?)について長々と書いてしまいましたが(^_^;;、私は別に「動物園の歴史の豆知識」を披露したかったのではありません(←そりゃ当たり前。笑)。
私は実は、弊サイトをご覧いただいた皆さんに、まず‘menagerie’と‘zoological garden’という二つの言葉の違いについてお考えいただいた上で、たったひとつの、短い質問をしたいと考えたのです。その質問はシンプルです。

「あなたのご自宅の水槽は、‘menagerie’に近いものですか?それとも‘zoological garden’に近いものですか?」

あなたの答えはどのようなものだったでしょうか?
またあなたはこれから、どちらの方向性に近い水槽を目指したいと思われるでしょうか?

私はこのページをご覧になる皆さんに、‘menagerie’と‘zoological garden’という二つの言葉の違いを噛み締めた上で、自分の水槽がどちらに向かおうとしているのか、常に考え続ける習慣をつけていただきたいと思います。中には‘menagerie’という言葉を知って、少し苦い思いをされる方もいらっしゃるかもしれません。でも私たちは別に研究者ではないのですし、単なる趣味で魚を飼っているのですから、そこに‘menagerie’の要素が入ることは、些か致し方ない部分があるでしょう。

しかし一度‘menagerie’と‘zoological garden’という二つの言葉を知ってしまったあなたにとっては、問題は「これから」です。‘menagerie’という言葉を知って、それでもなおかつ、「自分の水槽は‘menagerie’で良い。」と開き直るのかどうか。少しでも「‘zoological garden’に近づけたい。」と思うかどうか。

今すぐに答えを出す必要はありませんが、心の中にはいつも、その質問を忘れずにいてほしいと思います。

 

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