ママときーくんがふたりで「ネズミーランド」に遊びに行ってしまったので、お父さんさんはひとりぽっちでお仕事に出かけました。でも会社でパソコンに向かっていても、「今ごろ、ママときーくんはどうしてるかな?」「もうお昼ごはんを食べたかな?」などと、ママときーくんのことばっかり考えているので、お仕事がちっとも進みません。つい、ぼーっとしていて、夕方には、ふとっちょのえらい部長さんにおこられてしまいました。
「おい、とーとくん、どうしたんだね?きょうは一日、ボーッとしていて、君らしくないぞ。しっかりしてくれたまえ。」
* * *
でも本当のことを言うと、お父さんは「ネズミーランド」がすきじゃないのです。「ネズミーランド」のおしろや動物は全部、作り物だし、おひめさまもニセモノ。人気者の「ニッキーラット」や「どなりごえグース」も、お父さんにはわざとらしく感じられるばかりで、どうしてもすきになれませんでした。
(だから本当は、「ママときーくんにさそわれたらこまるな。」なんなてことも考えていたのです。)
でもお父さんは、ママときーくんが二人でおでかけしてしまって、自分ひとりだけ“おいてけぼり”にされたみたいで、さびしくて仕方ありませんでした。それでつい、お仕事を終えて、お家に帰るとちゅう、お父さんはいつもよりみちしてしまう川ぞいの土手の上をポチポチと歩きながら、思わず、「ママもきーくんも、どうしてネズミーランドみたいなところがすきなんだろう?あんなのちっとも面白くないのに。」とつぶやいてしまいました。
するとそのつぶやきを聞いていたのでしょうか。土手の草むらのなかから、がまがえるのおばさんが顔を出して言いました。
「そりゃあんた、あんたのきょーいくが悪いってもんだよ。あんた子どもに、あたしたちのことをちっとも教えてないじゃないか。」
「あー、がまたのおばさん、こんにちは。」
おとうさんは少し回りを見回すと、草むらの近くにしゃがみこんで、小さな声で返事をしました。
「やあ、へんなことを聞かれちゃったなあ。」
お父さんはてれくさそうに頭をかくと、つづけて言いました。
「でもさあ、ぼくがみんなとお話ができるなんて、そんなことしゃっべったら、きちがいだって言われちゃうよ。ぼくのおくさんだって、そういうこと、大っきらいなんだ。『わたしはそんな、ばからしいお話はしんじないわよ。』って、いつも言うよ。ぼくがみんなとお話できるなんて、テレビじゃぜったい、やらないからね。」
「まあ、だからきっと『ネズミーランド』みたいなところがすきなんだろうけど…。」
お父さんはちょっといじわるな気持ちになって言いました。
「今になってそんなもんくをいうなら、あんた、あんな子とけっこんなんかしなけりゃよかったのに。」
がまのおばさんはゲコゲコ言いましたが、その後で、
「まあ、そうは言っても、わかいむすめの中じゃ、まだ『まし』な方だとは思ったけどね。」
ともつけくわえてくれました。
「そうだよ。いつもやさしくしてくれるしさ。」
お父さんもちょっとてれくさそうです。
「でもどうしてみんな、わすれちまうんだろうねぇ?あたしゃそれがふしぎでならないよ。赤んぼうのころはみんな、楽しくおしゃべりできてたのに。」
がまのおばさんが、ほっぺたをふくらませて言います。
「あれかね?やっぱり『学校がわるい』ってやつ?学校になんかいくから、みんな言葉が分からなくなっちまうのかい?」
「えー、でも、ようちえんに行くころにはみんな、おばさんたちの言葉が分からなくなってたよ。ぼく、ようちえんでも、みんなにばかにされたもん。『とーとちゃんがまた、ありさんとお話してる。』って。」
「あんたはちっともかわらないからねぇ…。赤ちゃんのまんまで。それがいいんだか、悪いんだか…。」
がまのおばさんは、こんどはのどをふくらませて「ゲロッゲロッ」とわらって言いましたが、こんどはお父さんがほっぺたをプーッとふくらませました。
「でもぼくだってちゃんと学校にもかよったし、会社でもきちんとお仕事して、おきゅうりょうも、もらってるんだよ。がまたさんにそんなこと言われたくない。」
「そういうところが赤ちゃんだってのよ、あたしゃ。」「とにかく、あんたのお父さんがこどものころからこの土手に住んでるんだからさ。あんたがいくら大きくなって一人前らしくヒゲなんか生やしたって、あたしから見ればまだまだ赤ちゃんみたいなもんよ。」
お父さんは
「なんでここでもまた、おこられなくちゃいけないんだろ。今日は会社でも部長さんにしかられたし、ママもきーくんもいないし、ついてないや。」
と思いましたが、だまって、まだ青い空をながめていました。
* * *
「とにかくさ。あんたみたいな人があたしたちのことをまわりの人間に話してくれなくちゃ、あたしたちのなかまはみんなころされちまうのよ。この土手だって、たまたま昔のまんま、のこされているけど、なんだい?『すーぱーてーぼー』っての?そんなでっかい土手に作りかえるって話があるらしいじゃないか。」
「がまたさん、よく知ってるねぇ?」
「あんた、あたしのじょーほーもーをバカにしちゃいけないよ。人間みたいなデカブツが入りこめないところにだって、どこだってあたしたちの仲間は入って行けるんだからさ。」
「うん、それで。」
「いや、だからさ。まあ昔からあんたの友だちなんか、あたしたちのなかまを追いかけ回しちゃつかまえようとしていたさ。でもまあ、そりゃあまだいいんだよ。べつにあたしたちゃ、あんたたちにだけ、つかまるわけじゃない。この草むらにかくれてなけりゃ、トンビにさらわれちまうかもしれないし、あんたは見たことないだろうけど、昔はたぬきとかきつねとか、このへんにもいてさ。そいつらにころされたなかまもたくさんいたのさ。」
「ふーん。さいきんは、アライグマとかも、ふえているらしいけどね。」
「そんなこた、どーでもいいんだよ。とにかくあたしの話をお聞き。」
合いの手を入れたつもりがまたおこられて、おとうさんはしゅんとしています。
「それでね。そうやって追いかけられたり、食べられたりするのはまだ、がまんもしようってんだけど、住むところがなくなっちまったらどうしようもないだろう?この土手だって、たまたま地面がのこっているから、あたしもこうして長生きさせてもらってるけど、ごらんな。向う岸はすっかりコンクリートでかためられちまって、あれじゃあたしのなかまはだれも住めないよ。それどころか、カニやザリガニも住めない。魚もみ〜んな、いなくなっちまった。おなかにたまごをかかえたれんちゅうが、たくさんやって来て、どこかにうむ場所はないかってんで、いっしょうけんめいさがしていたけど、どこにもうめるところがなくて、したかなく流れて来たべんとうばこのうらがわにうみつけちまってさ。次の雨の日には流されてどこかへ行っちまった。かわいそうなものだったよ。」
「そうだねぇ。ああやってコンクリートでかためて、『これでこうずいが来てもだいじょうぶ』って言うんだけど、川に落っこちたらすぐにおぼれてしまうから、ぼくらがこどものころみたいに、川で遊ぶこともできないね。」
「あんたたちの遊び場の心配をしてるんじゃないんだよ。あたしゃ。」
お父さんはおばさんに話を合わせたつもりでしたが、どうやらおばさんはまだまだ、もんくが言い足りないようです。
「そういうことじゃなくてさ、あんたたちはどうするつもりなの?って言いたいいわけさ、あたしゃ。あんたたち人間だけで世の中回ってると思ったら大まちがいだってことよ。…」
「うーん、でも、ぼくはどうすりゃいいの?がまたさんのいうことも分かるけど、ぼくはえらいせいじかや会社の社長さんじゃないし、ましてみんなと話ができるなんて言ったら、それだけで他の人からはきちがいあつかいだし…。」
「そんなことは自分で考えなよ。とにかくあたしは…」
と、がまたさんのほっぺたがまた、プクーッとふくらんだところでとつぜん、遠くのほうから、
「パパーッ」と、お父さんをよぶ声が聞こえてきました。
* * *
「あっ、きーくんとママが帰って来ちゃった。がまたさん、またね。」
お父さんは急いで立ち上がると、がまのおばさんに小声であいさつをしました。お父さんがここに来た時には、空はまだ夕やけ前の青い色でしたが、今ではすっかり、夕やけのあかね色に染まっているのでした。
「またこんなところにいたの?はやく家に帰っていればよかったのに。」
「いや、ちょっと、空があんまりきれいだったから…。」
「でもこんなところにすわっていたら、スーツがよごれちゃうわよ。」
ほっぺたをふくらませたママの顔を見て、お父さんは心の中で、
「ちょっと、がまたのおばさんに、にてきたかな?」
と思いましたが、口には出しませんでした。
「まあ、だいじようぶだよ。気をつけてるし。それよりどうだった?ネズミーランドは?」
「楽しかったよ。ポップコーン買ってもらったの。」
首から下げた大きなプラスチックの入れ物の中にのこったポプコーンのかけらをカラカラいわせながら、きーくんがうれしそうに返事をしました。
「パパにもおみやげ、買って来た。ニッキーラットのチョコレート。」
「ありがと。」と言って受け取ったチョコレートは、でもきーくんがずっと手ににぎりしめていたためでしょうか。カタチが少しくずれてしまって、本当はわらっているはずのニッキーラットの顔が、お父さんにはなんだか少し、ないているようにも見えました。
「でもきーくんね、ここの土手もすきなんだよ。いっつもパパと来るから。虫さんもたくさんいて、面白い。」
「ほんと?パパも子供のころからさ、きーくんのおじいちゃんにつれられて、よくこの土手に遊びに来たんだよ。子供のころからこの土手がすきでさ。いまでもついつい、よりみちしちゃうんだ。」
「パパ、おとななのに、よりみちしちゃうの?へんなの。」
きーくんがわらうと、ママがすかさず言いました。
「そうよ。パパはへんな人だからね。きーくんもまねしちゃだめよ。」
「えー、ひどいなあ。ママはいじわるだねぇ。」
ケラケラとわらっているママときーくんの顔を見ながら、お父さんは
「こんどのお休みにはみんなでまた、おべんとうを持ってピクニックに来ようかな?そして今日、がまたのおばさんから聞いた話を、きーくんやママにもしてみようかな?」
そんなことを考えていました。
「ゲコゲコ」
そんなお父さんのせなかの後ろ、土手の草むらの中から、いつもの聞きなれた鳴き声が聞こえていました。
おわり
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