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二匹の魚

(にひきのさかな)

〜 働き者の魚と怠け者の魚のおはなし 〜

 

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 あるところに二匹の魚がいました。一匹はたいそうな働き者で、夜も休まず海の中を泳ぎ回り、色々な餌を捜し出しては食べていました。もう一匹はまったくの怠け者で、昼も夜もじっと岩の影に寝ころんで、時折流れてくる餌を捕まえては食べている、そんな二匹でした。

 ある時、働き者の魚は今まであまり食べる者がいなかった貝の中に、たいそう美味しいものがあることに気づきました。サンゴの岩の奥に住んでいて、ちょっと捕まえにくいのですが、その代わり、身はたっぷりと甘くて、一口食べる度に体中に力がみなぎるような感じがします。しかも他に食べる者もいないので、良く見ればどこにでも、サンゴの隙間と言う隙間に住んでいるのでした。

 「これは良い。」働き者の魚は思いました。
「この貝を食べていけば、食べ物には困らないし、身体もぐんぐん丈夫になる。これからはこの貝を食べて行くことにしよう。」

 そう決めた働き者の魚は、それからはその貝ばかり食べるようになりました。それでもその貝はとても栄養があるし、何より沢山いますので、働き者の身体はどんどん丈夫になり、大きくなり、そして子供も沢山生まれたのでした。
 働き者の子供たちは、子供の頃からその貝を食べるのに慣れていますので、たいそう上手に貝を捕ります。またサンゴの奥に住む貝を相手にしていますので、いつしか身体は細く、口は尖って、姿形まで、その貝を捕りやすいように変わっていきました。そしてこの働き者の魚の仲間はたいそう栄えて、いつしかそのあたりの海はすっかり、働き者の魚の仲間ばかりになってしまいました。

 一方、怠け者の魚の方は…。

 働き者の仲間がどんどん栄えていく間も、岩陰にじっとして、相変わらずの暮らしを送っていました。
 働き者の魚が沢山の貝を捕まえますので、時にはそのおこぼれが流れてくることもあります。そうした餌などを食べながら、以前と相変わらずの暮らしをしていました。働き者のように身体も大きくはなりませんでしたし、子供も沢山は生まれませんでしたが、その代わり、あまり沢山食べなくても我慢が出来ましたし、流れてくる餌は何でも食べましたので、飢え死にすることもありませんでした。
 そんな怠け者の魚を働き者の魚たちは軽蔑して笑いましたが、怠け者の魚には余り気にならないことでした。

 「別に他の魚に迷惑を掛けているわけじゃない。僕は僕なりにやっているだけだ。」

 ところがある冬、二匹の魚のいる海では、それまでにない寒さの日が続きました。するとあの、働き者たちが食べていた貝がすっかり寒さにやられて、どんどんと死んで行ってしまったのです。
 困ったのは働き者の魚たちでした。その貝ばかり食べていたので、他の餌の食べ方が分かりません。姿形も貝に合わせて変えてしまったので、そもそも他の餌を捕ろうとしても上手く行かないのです。たっぷり食べることにも慣れてしまったので、お腹が空くことに耐えられません。働き者の魚たちは貝たちの後を追うように、バタバタと死んで行ってしまいました。

 そんな冬が何年か過ぎ、ふと気がつくと、辺りの海に住んでいる魚は、以前とはすっかり逆に、あの怠け者の仲間ばかりになっていました。働き者の仲間はすっかり減ってしまって、時々思い出したように、姿を見かけることがあるばかり。

 ただ、怠け者の魚もあまりに数が増えてしまいますと、やっぱり餌が足りなくなることもあります。すると今度は怠け者の魚の仲間の中から、昼も夜も海の中を捜し回って、色々な餌を見つけ出そうとする者が現われるようになりました。

 今度、怠け者の魚の中から出てきた働き者が探し出した餌は、いったい何だったのでしょう?
 そしてその餌はいつまで、どれくらい、その海で食べることができるのでしょうか。
 それは誰にもわかりませんでした。

おしまい

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