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クマノミ繁殖を行う人々への提言

〜 誤った善意による自然破壊を防ぐために 〜
(2005.11.14)

 

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岡山理科大学専門学校によるクマノミ放流(2005.9)のニュース(「続・放流について」参照)に続いて、
2005年11月、更にショッキングなニュースが飛び込んできました。
東京都在住の個人愛好家が、自分で繁殖させたクマノミ稚魚を石垣島に放流し、
しかも昨年に続いて2年連続で、合計3回の放流を繰り返しているというのです。

このページでは今回の個人による放流の問題点を取り上げながら、再度、
人工繁殖魚の放流とその報道の是非について考察し、
クマノミ繁殖を行う全ての人々への提言を行いたいと思います。

 

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個人によるクマノミ放流の実態
  私が個人によるクマノミ放流が行われたのを確認したのは、2005年11月03日にFNN系列で放送された『FNNスピーク』を通じてのことでした。その番組内容が現在、FNNのWEBサイトに公開されていますので、まずはその内容をご確認ください。
FNN-NEWS.COM

FNNスピーク特集−「ニモと一緒にみんな笑顔」

実は私は、2005年の9月から、岡山理科大学専門学校のクマノミ放流について調べる中で、既に、このページの存在を知っており、昨年の放流が失敗したことも把握していました。ただ、つい先日までの内容では、2回目以降の放流については触れられておらず、放流の継続については未定と伝えられていましたし、また岡山理専のような学校法人が行う事業とは異なり、一個人による非営利行為だったということで、私のサイトで取り上げるのを控えていたのです。事態の進展を見守りつつ、昨年の放流があくまでも単発のものに終わり、続いての放流などが行われないことを祈っていました。
ところが今回の番組内では、現在までに既に3回の放流が繰り返されていることが明らかにされ、その上、ご本人直接の発言ではありませんでしたが、放流を「ライフワーク」として、今後も継続する意向が示されました。非常に残念なことであると言わざるを得ません。

今回のクマノミ放流の問題点
  自然の海に人工繁殖魚を放流する際の問題点全般については、岡山理科大学専門学校のクマノミ放流について評価を試みた別ページ、「続・放流について」で詳しく述べていますので、ここで再び論じることはしません。「続・放流について」を良くお読み下さい。

ただし改めて念を押しておきますが、例え石垣島産の親魚の生んだ稚魚を石垣島に放流したとしても、その行為は石垣島の自然環境の保全・回復にはなりません。また、元々カクレがついていないイソギンチャクに放流したとしても、それが生態系破壊にならないということでもないのです。それらはいずれも、海域のカクレクマノミの遺伝情報を攪乱する危険性を持ち、また海域の自然環境・生態系に人為的な影響を与える行為だと言わざるを得ません。
私は番組で取り上げられた愛好家の方の善意を疑う気持ちは微塵もありませんが、たとえ善意で行われたことであっても、その結果は自然破壊を助長するものであったと考えています。(反論があれば是非、お聞かせ下さい。)その点を間違えないようにしたいものです。

ですが、私が今回、特に大きな問題として取り上げたいのは、その個人の方による放流そのものだけではありません。もちろん、今回の個人による放流は、到底容認できる内容ではなかったと考えていますから、今後は放流を止めて頂くよう、心からお願いしたいとは考えていますが(今後、実際にお願いをしたいと考えています。)、それよりも更に大きな問題は、FNNという大手マスコミグループが、その個人が行った「善意による自然破壊行為」を全く無反省に、まるである種の“美談”の如くに伝えたことではないでしょうか。個人の放流云々よりもそのことが、さらに大きな問題を引き起こす危険性を、私は憂慮しています。

実は今回の番組の中でも、放流に関して「専門家の間で賛否はさまざま。」とは伝えられてはいます。また、無計画な放流が自然破壊につながる恐れがあることにも、触れられてはいます。しかし実際の番組の中ではその「賛否」の内容が具体的にはどのようなものであるかは全く触れられませんでしたし、「生態系を傷つけない」ために払われた「細心の注意」の内容が、具体的にはどのようなものであったのかについても、全く説明されることはありませんでした。
(と言うよりも、はっきり言ってしまえば、放送内容から判断する限り、生態系保護のために何か具体的な措置が取られた形跡は見受けられません。)

実は一般にはあまり知られていないのかもしれませんが、人工繁殖や蓄養を行った魚の自然放流に関しては、今年の3月に日本魚類学界から「生物多様性の保全をめざした魚類の放流ガイドライン」が発表され、安易な放流が行われないよう、呼びかけられています。また、魚の放流ではありませんが、昨年11月には養殖(蓄養)サンゴの移植についても、日本サンゴ礁学界から「造礁サンゴの移植ガイドライン」が発表されて、いずれも、自然海域への人工繁殖(および蓄養)生体の放流(移植)に対して慎重になるように訴えかける内容となっています。(詳しくはそれぞれのWEBサイトおよび「続・放流について」をご覧下さい。)

ところが、放送された内容を見ると、今回の放流がこれらのガイドラインが提示する条件を満たしていないことは、まず間違いのないことでしょう。では彼らはこのようなガイドラインの存在すら知らないまま、放流を繰り返して来たのでしょうか。

「放流ガイドライン」が発表されたのが今年3月のことですから、昨年の放流や今年6月の放流が「放流ガイドライン」の条件を満たしていない部分があるのは、止むを得ない部分もあったかとは思います。(6月の放流は「ガイドライン」の発表後ですから、当然「ガイドライン」に従っているべきでしたが、「ガイドライン」の浸透には時間も掛かりますし、少々のタイムラグは大目に見なければならない部分もあるでしょう。)
しかし、ここで情報ソースを公開することはしませんが、私は今回の一連の放流に関して、この番組を放送したTV局から、事前にある専門家の方に対して意見を求めて来たという経緯を確認しています。(問い合わせがあったのは今年10月の放流の直前のタイミングではないかと思いますが、放流の具体的な日付が公表されていないので、前後関係を確認することは出来ません。)
問い合わせを受けた専門家の方は当然、魚類学会による「放流ガイドライン」に沿って回答し、その後に再度の取材を受ければ、相当に厳しい意見を言う意向をお持ちだったらしいのですが、実際の放送では、そのような問い合わせがされたことはおろか、魚類学会による「放流ガイドライン」についても、その存在すら、一言も語られることがありませんでした。

番組内で自ら「賛否がある」ことを認め、放流が自然破壊につながる危険性があることも認めているのですから、常識的に考えれば、「放流ガイドライン」についても取材を行い、今回の放流との整合性を検証することは、報道機関として当然の義務であると思います。にも関わらず、その「放流ガイドライン」の存在すら無視するというのは、TV局が報道機関としての中立的な立場を放棄し、意図的に情報操作を行っていると批判されても仕方がないのではないのではないでしょうか。

番組制作サイドとしては、視聴者が「ガイドライン」の内容を知り、放流の妥当性に疑問を持つことになれば、今回の放流を賛美する内容を放送することは出来なくなってしまいます。番組にとっては、昨年から続く折角の人気企画なのですから、それが継続出来ないというのは大きなダメージです。それを恐れたのではないか、と、ついつい考えたくなってしまいますが、それは私の「下衆の勘ぐり」に過ぎないでしょうか。

しかし、番組の製作者が本当に石垣島の自然回復を願い、生態系の保全・回復を考えているのであれば、今回の放流についても再度「ガイドライン」に照らして評価をやり直し、その妥当性を判断した上で放送の中止や内容の変更、修正、あるいは放流そのものの延期や中止を助言することを考えてしかるべきであった。と、私は考えています。

石垣島のクマノミは本当に減っているのか
  さらに、今回の番組の内容についてはもうひとつ、大きな疑問があります。今回の番組では冒頭から、クマノミについて、「映画で有名になったことで生息数が激減」と伝え、これを聞いた視聴者はまるで、石垣島においてもカクレクマノミが激減していることが当然の事実であるような印象を与えられるのですが、その一方で、(他の海域のことはいざ知らず)「石垣島のカクレクマノミ」が激減しているという証拠は何一つ、番組内で提示されていないのです。

しかしこの、今回の放流の前提とも言える「石垣島のクマノミが減っている」という“事実”、これは、どこまで検証されていることなのでしょうか。

番組では確かに、今回のクマノミ放流に協力しているダイバーの方(本土の大手資本系列のリゾートホテル内のダイビングサービスに勤務)が登場し、「クマノミは前はすごく沢山いたのに、映画で有名になってから激減した」と発言していますが、それだけで、「石垣島のクマノミが減少している(しかも人工繁殖魚を放流しなければ個体数の回復が望めないレベルにまで減少している)」と言えないことは、言うまでもありません。実際、昨年の放流の失敗は、既に先住のカクレクマノミが共生しているイソギンチャクに人工繁殖のクマノミを放流したことが原因のひとつと考えられているのですから、逆に言えばまだそれだけ、カクレクマノミが生存している証拠があるということにもなります。(だからこそ、今年は先住者のいないイソギンチャクを、わざわざ“探し出した”のです。)

実は私は毎年、夏に、石垣島周辺の八重山地方に一週間程度の家族旅行をしています。いくつかのお気に入りの海岸があり、そこで毎年、沢山の魚やその他のサンゴ礁の生物を観察することを、大きな楽しみとしているのです。そんな私にとって、ディズニー映画「ファインディング・ニモ」の公開によって、沢山のカクレクマノミが乱獲され、乱売され、海が荒らされて魚が殺されたという報道に接したことは非常に心痛むことであり、「クマノミ乱獲」のニュースに関しても、ずっと以前から、極めて積極的に情報収集して来ました。
(私自身が映画の公開による「ニモブーム」とその後のクマノミ乱獲などの情報を最初に入手したのは、日本で「ファインディング・ニモ」が公開される3ヶ月以上も前、2003年の9月の時点のことです。米国在住の友人から話を聞きました。それ以来、私がこの件に関して、ずっと情報収集を続け、しばしばメッセージを発信して来ていることは、私のサイトを詳しくご覧いただければ、すぐにご理解いただけることと思います。)

しかし、その私が観察を続けて来た限りでは、「ニモ」公開の影響によるクマノミの乱獲が報道された以後の昨年夏にも、今年の夏にも、それ以前と同様に沢山のカクレクマノミを、八重山の海で確認することが出来ています。その中には今年生まれたばかりの若い固体もいれば、生後3年以上を経て成熟し、沢山の卵を産んでいる個体もおり、いずれも少しも珍しいものではなく、共に普通に観察することが出来るレベルの個体数が、以前と変わらず、棲息を続けていました。
(私が書いていることが間違いだと思うのでしたら、是非、弊サイトの「放蕩見聞録・八重山篇」をご覧下さい。)

また私は、昨年の夏にも、今年の夏にも、現地のダイビングインストラクター(ガイド)の方に、クマノミ乱獲の影響を尋ねましたが、いずれも、「そうしたことがあるらしいと聞いたが、実感としては特に数が減ったようには思わない。」というお返事をいただいて、安心していたのでした。

さらに、今年、現地の漁業関係者の方からお話を伺う機会にも恵まれたのですが、そのお話の中では確かに一時期、島外・あるいは県外からの業者がやって来て、“乱獲”と言っても良いような行為が行われたこともあったと伺いました。しかし、地元業者の方たちは以前から一定のルールに基づいて採取量や採取方法を制限しており、結果として(危機感は持ったことがあったのは事実としても、)八重山海域のクマノミが絶滅を危惧されるほど激減したという状況には進んでおらず、仮に「ニモブーム」の影響によってクマノミの棲息数が減少したことが事実だとしても、数年の間には自然回復が可能なレベルに留まっていると思われる。という趣旨のお話も、伺うことが出来ました。

その上、私は、今回の「FNNスピーク」以外の各種のマスコミ報道において、(カクレクマノミ全般について「乱獲」されているという情報は数多く目にしましたが)、他ならぬ石垣島の海で、実際に絶滅が懸念されるほどまでにクマノミの個体数が「激減」していると言う情報には、接した記憶がありません。
「乱獲」と「激減」と「人工的放流の必要がある」というのは、それぞれ意味が違うことは言うまでもありませんよね?また、「クマノミの生息数が一般に激減している」ということと、「石垣島のクマノミが激減している」というのも、全く別の意味であることも、確認するまでもないことです。

ただし、私が自分で観察したり、あるいはダイビングガイドの方のお話を伺ったりしたのは、いずれも石垣島の海ではなく、石垣島から船で30分ほど離れた離島の海でのことです。(漁業関係者の方は石垣島在住ですが。)ですから石垣島での事情とは若干、事情が異なっている場合があるのかもしれません。しかしそれにしても、私自身の観察と現地周辺の方々へのヒアリングの結果、および今までのマスコミ情報を含めて判断しても、石垣島を含む石西礁湖(石垣島から西表島にかけての浅海が広がる海域をまとめて「石西礁湖」と呼びます。→参考:石西礁湖自然再生)のエリア全般として、現在までのところ、カクレクマノミが絶滅を危惧しなければならないほどに個体数が減少していると結論付けることは、とうてい不可能なことではないかと思われます。
(ちなみに、私が毎年クマノミを観察しているのも、今回クマノミが放流されたと言う石垣島の西岸に向き合う島でのことで、一帯は同じく、石西礁湖の中に含まれています。)

しかし、では何故今回、そんな海にわざわざ、人工繁殖したカクレクマノミを放流しなければならなかったのでしょうか?
カクレクマノミはイソギンチャクに依存して生活しますから、イソギンチャクのいない海では生きていくことが出来ません。その代わり、そこに“空き家”のイソギンチャクさえあれば、潮の流れに乗ってやって来た自然繁殖のカクレクマノミの稚魚が、そのイソギンチャクに定着し、そこで更に自然な子孫を増やす可能性は十分にあります。その“空き家”に先回りして人工繁殖した稚魚を放流したのでは、その放流は自然回復どころか、自然繁殖した稚魚の定着を妨害する行為になってしまうのですが、なぜそのようにしてまで、人工繁殖させたクマノミを、石垣島の海に定着させなければならないのでしょうか。

魚類学会の「放流ガイドライン」に照らせば(サンゴ礁学会の「移植ガイドライン」を参照しても)、人工繁殖生体の放流が容認されるのは、それ以外に個体数の回復が見込めないほど個体数が減少したり、生息環境が破壊されている場合に限られることは明白です。またわざわざ「ガイドライン」まで持ち出さなくても、自然回復が見込めるにも関わらず人工繁殖生体の放流を行うとしたら、それは自然環境の保全・回復ではなく、自然環境の改変であり、生態系の破壊であることは明らかでしょう。

私にはだからこそ、今回の番組では、石垣島のカクレクマノミがまるで絶滅の危機にあるように、ここでもまた意図的に情報操作されたのではないかという疑念を拭うことが出来ません。巧みな心理誘導によって、何の根拠もない事柄を、既に立証済みの“事実”であるかのように、誤認させようとしたのではないかという疑いを、捨て去ることが出来ないのです。

本当に“悪い”のは誰か
  繰り返しますが、私は今回、放流を行った方の善意を疑ってはいません。クマノミ乱獲の報道に接し、純粋な気持ちで、「何とかしたい。」とお考えになったのでしょう。

ただ残念ながら、この方の情報収集は不十分なものであり、誤った前提に立って行動した結果、ご本人の意図とは裏腹に、石垣島の自然環境・生態系に負のダメージを与えることになりました。それは非常に残念なことであったと思います。

しかしこの方お一人が密かに放流をしただけのことであれば、石垣島の自然環境・生態系に対する影響も小さく、あるいは無視しても構わなかったことなのかもしれません。
ところがこの方の行為をTV局が“美談”として取り上げ、意図的に(?)二つの誤った認識を無数の視聴者の記憶の中に植えつけた(と言って良いと思います)ことによって、この行為がより深刻な問題を引き起こす危険性を産んでしまいました。「二つの誤った認識」とは、ひとつは「石垣島のカクレクマノミが絶滅が危惧されるほど減少している。」ということであり、もうひとつは、「それゆえ、人工繁殖クマノミの自然放流は、石垣島の自然環境の保全な・回復に役立つ。」という認識です。

実際に放流を行った方について言えば、これは誤った認識を前提とした“間違い”に過ぎません。しかし、番組を制作したTV局に関して言えば、専門家への取材の中でその2つの認識の誤りの可能性を指摘されていたわけですから、その指摘を無視し、誤った情報をそのまま垂れ流したのは、単なる“間違い”ではなくむしろ“偽り”と言って良いでしょう。(専門家の方への問い合わせの後、真剣に「ガイドライン」との整合性を検証したならば、今回の放流を賞賛することに問題があることに、普通の感覚の人間であればは気付くはずです。)

私はこの“偽り”の情報(≒情報操作)によって、誤った認識が更に拡大し、間違った認識を共有した個人によるカクレクマノミの放流が拡大することを、非常に心配しています。

この点もこのTV番組の“誤り”(もしくはこれも“偽り”?)ですが、私のサイトをご覧いただければお分かりになる通り、カクレクマノミの人工繁殖は、個人の趣味として決してハードルの高いものではありません。毎日の世話をきちんとするだけで、産卵から2〜3ヶ月、費用も水槽・生体・餌など全て込みでも数万円程度で、誰にでもチャレンジすることが出来ます。(そして大部分の方が、ちゃんと成功しています。)
それゆえ、特に最近、個人でクマノミ繁殖に取り組む方の数が、非常に増えて来ているとも言われているのです。

そのような多くの個人愛好家たちがこぞって、自分で繁殖させたクマノミを放流するようなことになったら、石垣島の海ではどんなことが起きるでしょうか。生態系が壊滅的な影響を受けることになるのは間違いありません。そして、もし万が一そんな事態になった時、いったい誰がその責任を取れると言うのでしょうか。

放送局は正しい情報を入手しながら、それを無視して、誤った≒“偽り”の情報を視聴者に提供しました。これは単なる「過失」ではありません。むしろ「未必の故意」であり、石垣島の自然と視聴者の双方を裏切る犯罪的行為であったと、私は考えています。

クマノミ飼育者への提言
  私はもうこれ以上、TV局のこのような軽薄な姿勢に騙されて、善意のクマノミ飼育者が、善意ゆえに誤って自然破壊行為を行うのを黙って看過したくありません。
そこで余りにも非力ではありますが、サイトのトップページに放流反対のメッセージを掲げ、安易な放流に反対する意思を明示すると共に、全てのクマノミ飼育者に対して、改めて、以下の3つを提言したいと思います。

1. 人工繁殖魚の自然放流は止めましょう。
  既に述べたように、いかに親魚の産地が同じであっても、人工繁殖魚の自然放流は、自然環境の保全・回復に繋がるよりもむしろ、自然の生態系を破壊する可能性の方が大きな行為です。自然の海でのカクレクマノミなどの減少を憂慮する心は大切ですが、感情的な判断に基づいて、自然環境破壊を助長するのは止めましょう。
特に話題となっているカクレクマノミに関しては、現状では、本当に絶滅の危機に瀕している状況であるのか、しっかりと時間を掛けて確認することが必要です。それには公的・中立的な研究機関の研究結果の分析を待つことも必要でしょう。こうした結果が公表されておらず、クマノミの個体数減少の程度が明白でない現段階において、徒らに人工繁殖魚放流することは、クマノミの乱獲と同様の自然破壊行為です。そのことを良く理解しましょう。
   
2. 人工繁殖して増えた生体は自然放流するのではなく、希望者に譲渡するか、海水魚ショップに譲渡、または販売しましょう。
  100匹の人工繁殖魚を自然の海に放流しても、その中で生き残り、子孫を残せるのは10%に満たないことでしょう。一方、その100匹の人工繁殖魚を購入希望者に直接譲渡すれば、中間流通でのロスを含めて100匹以上(おそらく、200〜300匹程度)の自然の海のクマノミの採取を防ぐことになります。(なぜそんな計算になるのかは、弊サイトの「磯採集の是非について」や「続・放流について」などをご覧下さい。)
「自然の海のクマノミが減るのを防ぎたい。」あるいは「自然の海のクマノミを増やしたい。」と、本当に考えるのならば、どちらが効果的かは言うまでもありませんね。
それでもなおかつ、人工繁殖魚の自然放流に拘るのだとしたら、その目的は自然環境の保全・回復とは異なるものだと言わざるを得ません。
放流という手段に拘らず、何が本当に自然環境の保全・回復に役立つのか、冷静に判断しましょう。
   
3. 自然環境保全・回復に関する知識を蓄え、周囲の啓蒙に努力しましょう。
  今回のような“善意による環境破壊”が起こるのは、ひとえに自然環境保全・回復に関する正しい知識の不足によるものと思います。「クマノミが乱獲されているらしい。」という話を聞き、「では自分で増やして海に戻してあげよう。」と考える気持ちは、素直なものではあると思いますが、正しい知識を持たず、間違った認識に基づいて行動を起こしたのでは、本来の目的を達成することは出来ません。
特に自然環境の保全・回復というのは、様々な要素が複雑に絡み合って、非常に難しい問題になっています。ただ闇雲に行動を起こす前に、じっくり考えて、十分に勉強することを心がけましょう。

そして自分が勉強したことは、周囲に積極的に情報発信しましょう(啓蒙)。
我々を取り巻く自然環境の保全・回復のために、今後最も重要なことは、この「教育・啓蒙」であると、私は考えます。それは現在の自然環境破壊や、逆に自然環境の保全・回復が、一個人や一企業の努力でどうにかなるようなものではないからです。
これらは我々の社会全般が広範に取り組まなければならないテーマであるにも関わらず、正しい知識の普及が圧倒的に不足しています。また、知識の普及が不足しているのみならず、安直で軽薄、感情的で感傷的なマスコミ報道によって、しばしば誤った知識、誤った認識が広げられてしまうことが多いのは、今回の放流の事例を見ても明らかでしょう。視聴率ばかりを追い求めるマスコミ報道などに煽動されることなく真実を追究し、誤りを正し、より正しい知識の啓蒙に勤めるのは、これからの飼育者としての使命なのではないかと、私は思います。

私は出来るだけ多くのクマノミ飼育者が(そしてクマノミ飼育者に限らず全てのマリンタンクキーパーが、さらにマリンタンクキーパー以外の人々までも)、私のこの提言に賛同してくれることを願います。
私たちは自然の海に生息していた魚を捕らえて水槽内で飼育することによって、既に自然環境に一つのダメージを与えているのですから、そこで生まれた稚魚を自然の海に戻すことなどによって、更なる自然破壊を重ねてはいけません。それはいわば、“自然破壊の往復ビンタ”と言っても良いでしょう。

我々、飼育者は、既に自然破壊者なのです。だからこそまた、その自然破壊=飼育を通じて得られる正しい知識を社会へと還元することによって、自然から遠く隔てられた現代の人間社会と、自然とをつなぐチャネルとなるよう、心掛けるべきなんじゃないか。私はそう考えています。

皆様の活発なご意見を歓迎します。

   
参考ページ
  弊サイトでは、今回の個人によるクマノミ放流のニュースに接する以前から、岡山理専のクマノミ放流に関して、私的評価と提言を行ったページを公開していました。
また今回、個人による放流が番組放映されたことを契機に、トップページに安易な自然放流に反対するメッセージを掲示すると共に、アピール内容を説明するペーシを公開しました。
このページをご覧いただいた方は是非、以下のページもご覧いただき、共にお考え下さい。

    続・放流について 〜 「“ニモ”放流」への私的評価と提言 〜
    放流反対緊急アピール


   
追記:ホテルの集客に利用されているクマノミの放流(ニモの放流)(2005.11.26)
  「FNNスピーク」で取り上げられた今回の個人のクマノミ放流に協力した石垣島のリゾートホテルのダイビングサービスが、ホテルのビーチアクティビティの中で、放流されたクマノミを見に行くツアーを商品化しています。「赤ちゃんクマノミに会いに行こう!!! 〜 ビーチ発クマノミツアー 〜」ですと。
グラスボート、スーケルツアー、シーカヤックツアー、体験ダイビング、シーウォークと、お客様のお好みに合わせて、様々な方法で、放流されたクマノミを見せてくれるそうですよ。場所はホテルの目の前のビーチだとか。
ホテルのダイビングサービスにしてみれば、クマノミの放流は単に、ホテルの稼働率を上げるための集客策に過ぎなかったんですね。呆れた話です。

    石垣島全日空リゾート
マエサトビーチ情報 〜秋編〜 [vol.11] 赤ちゃんクマノミが仲間入り!
※既に全日空リゾートのWEBサイトからは当該ページが削除されていますので、私がダウンロードして保存しておいたファイルを公開します。
   
追記8:国際サンゴ礁年2008』 (2007.06.19追記)
  クマノミやイソギンチャクに限った問題ではありませんが、国際サンゴ礁イニシアティブにより、2008年が「国際サンゴ礁年」に指定されたことを受けて、弊サイトでも、「『国際サンゴ礁年2008』に向けての提言」を掲載しました。アクアリストとしての“良心”に訴える内容です。併せてご覧下さい。
 → 『国際サンゴ礁年2008』に向けての提言

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